「退院前夜」

明日が退院、今日が退院と言っても格段の嬉しさがわく訳でもなく、つまらない手順ばかりを考えている。それは、病院という安全圏から出るのを不安がっているからかもしれない。人頼み、人任せのラクチン生活。投薬や医療処置を受けながら、食事を与えられ、介助付きの入浴もある。周囲の出来事にさえ順応できればいい。

2ヵ月に及ぶ入院生活で2回目の退院。1回目は、執刀医の元から離れるのが心細かったが、それは自分の中だけのことで、医者もスタッフも日常の営みに追われ、患者の退院は単なる区切りとしか感じていないのがよくわかった。

そして2回目。スタッフの人が退院当日は休みだからと事前に挨拶に来てくれたり、めまいの時に支えてくれた男の介護士さんが「病院に戻ってきちゃダメだよ」と握手をしてくれたり、リハビリの人が立ち寄ってくれたり、ささやかな交流があった。

不思議なことに退院の日が迫るにつれ、それまで濃かったスタッフとの繋がりも急激に薄まってくる。「また明日」や「また今度」のための「今の関係」を良好にしておく必要なくなり、互いの相性の合う合わないだけが残った繋がりになる。これから先ふたたび会うことのない人に対しては、無関心とは言わないまでも、興味が薄れていく。人間関係とは、次の機会のために努力するものだとわかった。

寂しい気もするけれど、まずは退院だ。
人のいない空間で一人になって歯を磨き、顔を洗いたい。それだけだな。


※入院生活は通算67日間であった。そのなかで、日々のメモのほかにノートに書き残した何編かを「四方山話」として再録することにした。ほんの感想ではありますがお付き合いいただければさいわい。

# by m-teshigoto | 2017-08-15 20:39 | 入院四方山話 | Comments(0)  

日記代わりのメモ 〜5/30 退院

2ヵ月に及ぶ入院生活もあと2日。周囲のお年寄りたちが不安定で何かと騒がしく、日中、深夜を問わず病室の出入りが多かった。眠れないこともあったが、お互い様だから仕方がない。いつか自分もたどる道だと思えば、どんな事態になるのかを心に留めておく機会でもある。千差万別、じつに変化に富んだ様相だった。

5/29 曇り空。空気はヒンヤリ。4時のオムツ交換時にトイレへ。夜勤はベテランの介護士さん。安心して寝る。9時半、お風呂。11時20分、リハビリは外歩き。本や着替えなど要らなくなったものを家へ運ぶ。退院の時に着るジーンズを持ってくる。帰りのリハ室で。ベッドから起き上がる時の話が出る。急に起き上がるとめまいを起こすからとアドバイスをもらう。…と「○×さんトイレフリーです」と廊下の声。やった!一人でトイレへ行ける。なんたる進歩。午後のリハビリは前頭葉のテスト他。満点。あとは体操。訪問リハビリは週1回となる。7時、PTさんがお別れに寄ってくれた。脳についての本の話をする。何くれとなくフォローしてもらって心強かった。

5/30 晴れ。右目のこめかみが痛い。昨夜から隣室の人が騒いでいる。声が大きく言葉も明瞭、理屈も通っている。しかし、その興奮ぶりたるや爆発的。※

※日記代わりに書いていたメモはここでおしまい。2ヵ月経ってようやくトイレに一人で行けるようになった。これを回復と呼ぶのだと思う。

# by m-teshigoto | 2017-08-08 11:30 | 病院のベッドの上で | Comments(0)  

日記代わりのメモ 〜5/28

いよいよ退院へカウントダウン。目と鼻の先の自宅へ帰れるというのに、なぜかあまり嬉しくない。喜怒哀楽のうち「怒」だけ突発するのに「喜」も「哀」も「楽」も鳴りを潜めている。頭はクリアなのに感情は平板。これはどうしたことかしら。

5/27 土曜日。風が涼しい。床に携帯電話が落ちている。あらら。見当が違って落としたのかな。リハビリは公園からコンビニを回って帰る。あとはバランス。爪先立ち10秒を5セット。いやいやなかなか大変。チューブで両足を縛って開脚。10回を5セット。今日の療法士さんは、この病院で最初にリハビリを担当してくれた人。自分ではかなり丈夫になったように感じるが、どうだったかしら。同室の二人(二人とも89歳)にそれぞれ家族のお見舞い。病室は大混雑。自宅に帰る話、施設に移る話などが漏れ聞こえてくる。家庭の事情が言葉の端からにじみ出ている。隣の人が「くたびれた」と言ってリハビリを休むのは、たいてい来客があった日。私も同感。

5/28 日曜日。曇り。昨夜は同室の一人が一時間おきに逃亡を企て、夜勤の人が総出で大騒ぎ。家族がいる間ずっと家に帰りたいと訴えていたのだ。興奮したのだろうか。午前2時頃にやっと収まった。今日はさすがに眠いとみえて静か。あと一日だ。

# by m-teshigoto | 2017-08-06 22:26 | 病院のベッドの上で | Comments(0)  

日記代わりのメモ 〜5/26

この頃になるとやっと脳に関する本が読めるようになった。度の弱い市販の老眼鏡を使うと、長時間読んでいても頭痛が少なくてすむことに気がついてからは、写真の多い料理本や展覧会の図録、絵本から始めて、単行本、文庫本へとだんだん小さい活字も読むようにした。新聞だけは読みにくくて目が疲れるので読むのを止めた。脳に関する本にも色々あったが、興味があったのは、自分と同じように手術を体験した人がどのように感じていたか、普通の生活に戻るためにどのようなプロセスを経たか、生の言葉で知りたかった。最初に読んだのは『奇跡の脳〜脳科学者の脳が壊れたとき〜』ジル・ボルト・テイラー著(新潮文庫)で、共鳴するフレーズに出会うと付箋を貼り付けた。「脳の可塑性」を身をもって体験している、そんな実感があった。

5/25 曇り。気温は並み。湿度あり。昨日の怒り※aは「易怒(いど)」という精神反応なのかもしれない。たしかに術後は、嫌なことを「イヤだ」と言うのをためらわなくなった。人生の大半を我慢して過ごしてきたのに、どうしたことだ。11時に退院後の訪問リハビリの説明がある。保険が使えると料金が安くなるとのこと。朗報。来客2人。昼食後さらに1人。もう大変。午後のリハビリは居住空間の確認で自宅へ。友人たちが出入りしたので、机の上や床に荷物が山積み。あ〜。帰ったら片付けなきゃ。訪問リハビリはどれくらいの期間にしようか。療法士の人に聞いたら、見極めの成績は良好で、高次脳機能障害の可能性は低いとのこと。問題は運動能力かしら。

5/26 雨の音で目が覚める。ひんやり。窓を細く開けておく。それだけでも閉塞感がなくなる。同室のお年寄り二人は寒がったり、カーテンが風で揺れると言っては看護師さんを呼んで閉めてもらうのだ。私のベッドの脇にある窓だというのに。今日もまた病院の一日。9時半、リハビリ。バランス(ウレタンの上で爪先立ち)、階段、キック。明日は外歩きとのこと。着替えなきゃ。ソーシャルワーカーさんに介護ベッドのことを聞く。※b午後にはレンタル業者の人を連れてきてくれる。レンタルできるとのこと。退院当日に届くそうだ。退院が決まった頃から。段取りについて考えるようになった。頭の動きが戻ってきたような気がする。

補足
a:病院のまったりしたモードで暮らしているせいか、見舞客が運んでくる忙しい空気がとてもイヤだった。実際に「ちょっと落ち着いて。ゆっくりして」と言ったことも何度かある。ただそれは「苛立ち」であって「怒り」ではなかったのだが、この前日についに「帰って!」と叫ぶに至った。怒ってキレた状態になったのには、自分で驚いてしまった。高次脳機能障害の中に「性格が変わる」という項目があって、些細なことで怒ることを「易怒(いど)」と言うとあった。おお、「ひょっとしてコレか?」と不安になった。
b:めまいが続いていて平らなベッドに寝るのはためらわれた。介護ベッドのカタログなど見る気もなかったのに、退院目前になって切実な問題になった。病院のソーシャルワーカーさんのおかげでレンタルから搬入までの手続きがその日のうちに決まった。




# by m-teshigoto | 2017-08-05 20:21 | 病院のベッドの上で | Comments(0)  

日記代わりのメモ 〜5/24

退院に向け、リハビリの見極めの調理実習とそのための買物があった。買物に行ったスーパーは転倒した現場でもある。通りを歩くことにもまだ慣れていないので、病院から数分の距離を歩いて買物をするのが精一杯。「ここで倒れたの〜」と感傷にひたるどころではなかった。

5/22 晴れ。昨夜は一晩中エアコンの送風音。うるさくて、4時半にトイレへ行った時に切った。めまいも、なんとか寝しなと起き抜けだけ気をつければいいようになった。今日から薬は自主管理。退院訓練ということらしい。9時30分、お風呂。シーツ交換。午前中のリハビリはお休み。午後3時、調理実習用の買物へOTさんと駅前のスーパーまで行く。玉ねぎ、キャベツ、キュウリ、生姜。風が涼しいので無事帰ってこられた。でも、一人だけだったら不安。夕食に、先週差し入れてもらったパイナップルを食べる。許可が出ていても、同室の人や介護士さんに気兼ねして食べにくい。

5/23 晴れ。昼前、リハビリ室で調理実習。テーブルの上にまな板と小さな電気コンロを出し、洗面台で野菜を洗う。キャベツと玉ねぎの味噌汁。キュウリとキャベツの塩揉み。PTさん、OTさんに好評。煮干しと味噌のおかげです。お粗末様でした。午後はベッドでリハビリ。院長回診あり。ソーシャルワーカーさんと話す。転院の申し込みがあった時、私の年齢が若かった(入院患者は80代が中心)ので受け入れをためらったそうだ。その辺のことは承知していたけれど、自宅に近いこと、リハビリで近所を歩けること、将来自分が年をとってお世話になることもるだろうと考えて選んだのだ。区役所の窓口のことなどを教わる。退院は30日11時と決まる。

5/24 曇り。涼しい。10時、リハビリは外歩き。自宅へ行ってゴミ箱をしまう。駐車場へ行も行く。リハ室で整理運動。ベッドへ戻って水を飲む。暑い。

# by m-teshigoto | 2017-08-03 22:00 | 病院のベッドの上で | Comments(0)