「回診」

医療系のテレビドラマの圧巻は院長回診だ。お供をぞろぞろ連れて病棟を回り、ベッドの上でかしこまる患者にお言葉を賜る…そんな図式が最近は定型化している。最初にいた病院では診療科単位の回診だった。それも毎日。整形外科の患者さんの多い病室に脳外科の患者は私一人。そこに、5〜6人の脳外科医が連れ立ってやってくる。同じ階の廊下の向こうが医局なので、遠くから話し声が近づいてくるのがわかる。

「○×さ〜ん」と入口から人の名前を呼ばわるのは研修医のmセンセ。いつも笑顔で声のでかい、太い黒縁メガネのハンサムである。何かの折に「おじいさん先生でも、軍医だった人はもっと注射が上手だ」と言ったら、黙ってブスッ!。「痛ッ!」さしずめ私は注射の練習台といった役どころで、ずいぶん腕を貸した。時々夕方にもひょっこりやってきて、笑顔で手など振って去っていく。場違いなほどの明るさという印象もあったが、その笑顔は日々の慰めになった。若者相手に言いたいことを言うと気晴らしにもなった。さすがに気が咎めて、退院する朝に「暴言ばかりでゴメンナサイ」と言ったら「ぜんぜん暴言なんかじゃなかった」と笑っていた。

5〜6人の中には部長先生も主治医のI先生もいるのだが、「元気そうだね」「まだ(頭が)晴れてるね」にはじまって「食べてる?」「柑橘類は?」等々、言いたい放題的にあれこれ言葉をかけて帰っていく。最初の頃は「なんだ?」と思っていたが、今にしてみれば、この回診のおかげで元気でいられた。「調子はどうですか」という定型の問いかけに痛みや不具合を口にすれば、すぐに薬が出たり処置が施されたりしたから、こちらの顔色や声音をはちんと観察していたのだろう。

初めての入院、ましてや手術までして、トイレも食事もすべて人の手を借りての生活は不自由だったが、ある種、食べ出し眠り動くことが自分が回復する唯一の道なのだということを、回診のまなざしが教えてくれたように思う。

※「入院四方山話」は入院中にノートに書き綴った文章を再録しています。



# by m-teshigoto | 2017-08-25 18:45 | 入院四方山話 | Comments(0)  

「黒い粉」

枕なしで寝るようになって5ヵ月になる。寝る時には、頭の下にバスタオルをランダムにたくし込んみ、その窪みに頭を落ち着かせる。すべて頭に残る手術の傷(創部)のためである。「痛いッ!」というほどではないけれど、「あーあ、まだイタイ感じだな」くらいのところだ。

最初の手術の後は、頭皮の下は“脳まんま”ということもあって、傷の痛みより頭痛やめまいの方が辛かった。頭蓋骨を外した右側前頭部は日に日に凹んできて、精米した米のようになった。痛くも何ともなく、ただただ斜めに尖っていく頭は、じつに笑える形であった。そして頭蓋再建の手術日程が決まり、朝の回診で主治医のI先生に「ちょうど切り頃だね」と言われたのだった。

再建手術も予後が順調で、痛みもなく感染症もなかった。そのかわり同じ所を二度切ったために縫い目の数だけは多く、抜糸(抜鈎)は3回にわたった。来たばかりの研修医の先生の顔があまりに真剣なので「大丈夫?」と不安だったが、急がずていねいにやってくれた。夕方の回診でやっと主治医のI先生が登場。創部を一通り指でなぞって、「残っていませんか?」と疑り深げに聞いた私に「カンペキ!」と言う。

ところが、指にはツンツン硬い感触がまだあって、爪で引くと1ミリくらいの針金が抜ける。時には3ミリくらいのもあって「あらっ!」と思うと髪の毛だったりする。針金と区別がつかないとはね〜、なんと剛毛だこと。

転院してからも、思い出したように傷口をなぞると、かさぶたがあったり、針金があったり。つい爪を立ててしまう。痛くもないけれど、用心のため塗り薬を塗っておく。そして朝になって見ると、枕代わりのバスタオルの上に黒いポツポツが…。針金の粉だ。シャンプーもしているのに、まだ残っている。痛いような懐かしいような。黒い粉が見えなくなる日が来ると思うと、なんとなく寂しいな。


※「入院四方山話」は入院中にノートに書き綴った文章を再録しています。




# by m-teshigoto | 2017-08-24 21:26 | 入院四方山話 | Comments(0)  

「一進一退」

ある朝、ベッドから頭を持ち上げようとするとめまいがした。頭ごとメリーゴーランドに乗っているみたい。以来、足のふらつきよりもめまいが常態になった。トイレもダメ、ほんの数歩離れた洗面台までも歩けない。歯磨きもベッドで「くちゅくちゅぺー」(看護師さんの使う符牒)に。移動も車椅子に逆戻りになった。

このめまいは何?
脳?
耳石?
ずっと続くの?

急に不安になって、その日は朝食も食べられず、リハビリにも行かなかった。

そんな様子を知ってか知らずか、介護士さんが「一進一退だからね。少し疲れたのかも…」と、配膳の折にポツリと言った。「そうか、頑張りすぎたのかも」と、その一言に慰められ、少しずつ気分が落ち着いてきた。2、3日すると、午後にめまいが軽くなることに気づき、ようやく見守り付きながらトイレに歩いて行けるようになった。

リハビリでも、「前より良くなっていますね」と言われると、だんだん丈夫になってきたような気になる。体力、持久力という程のことではなくて、ガマンのきく体になってきている。美味しくても不味くても食事をちゃんと食べる、その積み重ねで体が少しずつできてくるという実感もあった。

病院での日々は、慰められたり誉められたりの一進一退。でも、リセットされた脳は限界を知らない。疲れを感じず不得手感もない。よし、やってみて面白そうならやろうじゃないか。


補足:運動が苦手だったのにリハビリで体を動かすのが苦にならなかった。運動能力を伸ばせるかもと思い、療法士の人に教わりながら、筋肉を意識して体を動かすようになった。

※「入院四方山話」は入院中にノートに書き綴った文章を再録しています。

# by m-teshigoto | 2017-08-23 21:06 | 入院四方山話 | Comments(0)  

「退院前夜」

明日が退院、今日が退院と言っても格段の嬉しさがわく訳でもなく、つまらない手順ばかりを考えている。それは、病院という安全圏から出るのを不安がっているからかもしれない。人頼み、人任せのラクチン生活。投薬や医療処置を受けながら、食事を与えられ、介助付きの入浴もある。周囲の出来事にさえ順応できればいい。

2ヵ月に及ぶ入院生活で2回目の退院。1回目は、執刀医の元から離れるのが心細かったが、それは自分の中だけのことで、医者もスタッフも日常の営みに追われ、患者の退院は単なる区切りとしか感じていないのがよくわかった。

そして2回目。スタッフの人が退院当日は休みだからと事前に挨拶に来てくれたり、めまいの時に支えてくれた男の介護士さんが「病院に戻ってきちゃダメだよ」と握手をしてくれたり、リハビリの人が立ち寄ってくれたり、ささやかな交流があった。

不思議なことに退院の日が迫るにつれ、それまで濃かったスタッフとの繋がりも急激に薄まってくる。「また明日」や「また今度」のための「今の関係」を良好にしておく必要なくなり、互いの相性の合う合わないだけが残った繋がりになる。これから先ふたたび会うことのない人に対しては、無関心とは言わないまでも、興味が薄れていく。人間関係とは、次の機会のために努力するものだとわかった。

寂しい気もするけれど、まずは退院だ。
人のいない空間で一人になって歯を磨き、顔を洗いたい。それだけだな。


※入院生活は通算67日間であった。そのなかで、日々のメモのほかにノートに書き残した何編かを「四方山話」として再録することにした。ほんの感想ではありますがお付き合いいただければさいわい。

# by m-teshigoto | 2017-08-15 20:39 | 入院四方山話 | Comments(0)  

日記代わりのメモ 〜5/30 退院

2ヵ月に及ぶ入院生活もあと2日。周囲のお年寄りたちが不安定で何かと騒がしく、日中、深夜を問わず病室の出入りが多かった。眠れないこともあったが、お互い様だから仕方がない。いつか自分もたどる道だと思えば、どんな事態になるのかを心に留めておく機会でもある。千差万別、じつに変化に富んだ様相だった。

5/29 曇り空。空気はヒンヤリ。4時のオムツ交換時にトイレへ。夜勤はベテランの介護士さん。安心して寝る。9時半、お風呂。11時20分、リハビリは外歩き。本や着替えなど要らなくなったものを家へ運ぶ。退院の時に着るジーンズを持ってくる。帰りのリハ室で。ベッドから起き上がる時の話が出る。急に起き上がるとめまいを起こすからとアドバイスをもらう。…と「○×さんトイレフリーです」と廊下の声。やった!一人でトイレへ行ける。なんたる進歩。午後のリハビリは前頭葉のテスト他。満点。あとは体操。訪問リハビリは週1回となる。7時、PTさんがお別れに寄ってくれた。脳についての本の話をする。何くれとなくフォローしてもらって心強かった。

5/30 晴れ。右目のこめかみが痛い。昨夜から隣室の人が騒いでいる。声が大きく言葉も明瞭、理屈も通っている。しかし、その興奮ぶりたるや爆発的。※

※日記代わりに書いていたメモはここでおしまい。2ヵ月経ってようやくトイレに一人で行けるようになった。これを回復と呼ぶのだと思う。

# by m-teshigoto | 2017-08-08 11:30 | 病院のベッドの上で | Comments(0)